|
|
大分県宇佐市安心院 (あじむ) 佐田
|
< 国東半島観光マップ >
< 九州観光案内メニュー >
< メインメニュー >


|
|
◆◆◆◆◆ 佐田京石(さだきょういし) ◆◆◆◆◆
佐田京石(さだきょういし)は安心院(あじむ)の佐田地区にある人間の背丈ほどもある列石です。
この列石は誰がなんの為に造ったか定かではありませんが、太古の祭祀場、鳥居の原型、埋納経の標石といろんな説があるようです。
高さ475mの米神山(こめかみやま)の山頂には環状列石、山腹にも巨石群など米神山を中心に列石が数箇所にあります。
米神山(こめかみやま)に登る道はボランティアの方達により整備されているようですが、それでも、けっこうハードな道らしいです。佐田京石(さだきょういし)の横から登り、山頂までは休みながらで1時間30分くらいかかるようです。

この地方には「米神山」や「こしき石」等、米にかかわる名称が多くあるので、佐田京石(さだきょういし)も米の栽培を始めた弥生時代のものであろうという説もあります。
また、一部の石柱の下から一字一石の写経が出土したものもあり、埋納経の標石という説もありますが、全部の石柱から出土している訳ではありません。結局良く分からない摩訶不思議な石柱なのです。
佐田京石(さだきょういし)は日本でも最大級の列石群(ストンサークル)で、今流行りの最強のパワースポット地だと思われます。
心なしかマウンド中央の石柱前に立ち、目を閉じると四方からなんらかのパワーを感じます。一度お試しあれ!

●米神山の巨石地図
|
|
|
■■■■■ 佐田京石 ■■■■■ ※場所はここ ==================================================
◆ 巨石群が多くある米神山(475m)遠景
◆ 「佐田京石」のマウンド中央にある石柱
|
佐田京石(さだきょういし)は安心院から宇佐に通じている県道658号線沿いにあり、「佐田京石」のカンバンもあるのですぐに分かります。駐車場も整備されており手軽に見学できます。
県道658号線のすぐ上に10個ばかりの石柱が建っています。環状列石(ストーンヘッジ)ですね。ストーンヘッジと言えば紀元前2500年頃に建てられたイギリスのストーンヘッジが有名ですが、
日本にも環状列石(ストーンヘッジ)はけっこうあるらしいのだ。しかし、ここの環状列石(ストーンヘッジ)は日本最大級(たぶん日本一)です。大きな石は地上部分で2m以上、地下の部分を入れると3〜4mの
棒状の石が立っています。重機の無い時代に、これだけの石をどのようにして運んできたのか不思議です。

平成3年に水田の整備中、巨石19本が発見され、米神山の巨石群と岩質が同一と認められました。この巨石を再建立したものが「平成の京石」といい、杉林の中に建立されています。
また、杉林の中に支石墓(ドルメン)ではないかといわれる石組もあります。 支石墓は島原半島の原山支石墓群が有名であり、
南朝鮮から伝わったもので縄文時代から弥生時代にかけて造られた我国最古といわれています。
ここの支石墓(ドルメン)もその時代後期の弥生時代のものであろうと思われます(私見)。 と、すると佐田京石(さだきょういし)も弥生時代のものの可能性が高いですね。

動画案内(詳細 約6分)
|
◆ 中央の石は頭上が平らだが回りの石は尖っている
|
◆ 誰が何のために造ったのか?摩訶不思議な環状列石
|
◆ マウンド中央の石柱から半円形に石柱が配置されている環状列石

◆ 佐田京石(環状列石)を上から見る。後方は無料駐車場

◆ マウンド中央の石柱を裏から見る
|
◆ 棒状の石が多いがエラを張った石もあった
|
◆ 平成3年に水田の整備中、巨石19本が発見され、ここに建立された「平成の京石」

◆ 林の中にある石柱

|
◆ 横たわる石柱

|
◆ 支石墓(ドルメン)

|
■■■■■ こしき石(暴風石) ■■■■■ ※場所はここ ============================================
◆ 水田の中にある「こしき石(暴風石)」遠景

◆ 2001/7/19 撮影の「こしき石」
|
「こしき石(暴風石)」は京石群から宇佐方面に1キロばかり行ったところの水田の中に少し傾いた石柱が建っています。高さは2m弱くらいであろうか、
石柱の上には平らな石が乗っており、これを取り除くと暴風になると伝えられています。また、通称「暴風石」とも呼ばれているようです。
この石も、いつ頃、何のために、誰が造ったか分かっていません。一説では、「祖霊祭祀」とか「農耕神祭祀」の跡ではないかと言われています。
私は上記の佐田京石(環状列石)の中心の石柱であったと想像します。
本来はここにも回りを取り囲む環状列石があったが、田んぼを開墾するときに取り除かれて、中心の大きな石だけが残されたのだと推測します。
と、いうことは頭の乗っている石は佐田京石にもあったが、いつの時代かに取れてしまった。ここの「こしき石」は大事に守ってきたので、いまだに原始の姿のまま残っているのだと、推測するのです。
石柱が傾いているのは周囲が水田になり、水が地中に浸み込み、自然と傾いたのではないでしょうか? それとも米神山の山頂に向けて傾いている事になにか意味があるのでしょうかね?
とてもミステリーな石柱で興味が尽きないのですね。今度は稲刈りが終わって近くまで行ける時期に来てみたいと思っています。

「こしき石(暴風石)」のそばを流れる小川に石橋があります。名前も架設年代も分かりません(情報を私が持っていない)が、近くの院内町には明治から大正時代に多くの石橋が架けられています。
この石橋も明治から大正時代に架けられたものと推測します。
|
◆ 2001/7/19 撮影

|
◆ 2009/8/31 撮影

|
◆ 2009/8/31 撮影。上の蓋石の向きは変わったようだ?

|
◆ 名前は分からないが石橋もある
|
◆ 石橋の石積み
|
◆ 石橋の路面
|
◆ 駐車場はないので道端に停める
|
◆ 佐田京石の動画案内

|

|