◆ 桂昌寺(けいしょうじ)跡の御堂の中
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宇佐市安心院にある桂昌寺(けいしょうじ)跡は室町中期に開基の寺ですが、江戸時代には一時期無住荒廃となったが、江戸時代の末期に天台僧 午道法印(ごどうほういん)=巍純(ぎじゅん)という
傑僧(けっそう)が桂昌寺(けいしょうじ)を復興させ、本堂後の岩に約70メートルの洞窟を掘り江戸後期の文政三年(1820)頃に大衆教導のために地獄極楽(じごくごくらく)を造ったそうだ。
今風に言えば地獄や極楽のリアルナなジオラマを作り、あまり学のない村人に悪い事をしたら地獄に行くぞ〜と半分脅しながら教えたと言う事でしょうね。
閻魔大王や赤鬼や青鬼などが暗いトンネルに浮かぶ様は気味が悪いので、善行して極楽に行かなくては・・・・と、当時の人々も思った事でしょう。そういう意味では効果覿面(こうかてきめん)だったと想像します。

(現地の案内板より転載)
地獄極楽は先ず閻魔の庁で閻魔大王から裁判を受け馬頭・牛頭に引きずられて地獄道(36メートル)へと進み、
途中、三途の川の脱衣婆(だつえば)や赤鬼青鬼のいる血の池地獄などが迷路の闇に浮かびでます。
次に、菩提坂を越えると極楽道(25メートル)となり、十三仏に救われて来迎弥陀(観音菩薩・勢至菩薩)の前に出ます。
その横の竪穴(5メートル)を鎖伝いに登ると丘の上には阿弥陀如来を中心とした多くの菩薩が安置
され極楽浄土となっています。(市指定有形民俗文化財)
なかなか楽しめるミステリースポットです。

動画案内(詳細 約9分)
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