◆ 長岩屋川の大岩に彫られている川中不動と奥は天念寺の講堂 ※ 2011/02/09 撮影

◆ 長岩屋川の大岩に高さ3.23メートルの不動明王と2童子
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六郷満山の峰入り修行の寺院であった天念寺の前の長岩屋川の大岩に高さ3.23メートルの不動明王と2童子『制多迦(せいたか)童子 矜羯羅(こんがら)童子』
が彫られています。
水害防除の願いをこめて造られたと言われており、山あいの美しい小川に映る不動明王を見ていると、
昔の人の信仰の強さを感じます。(拝観自由)
天念寺は長岩屋山天念寺(ながいわやさんてんねんじ)といい、養老二年(718)に仁聞(にんもん)菩薩が開基したと伝えられる古刹です。
国東には仁聞(にんもん)菩薩が開基したと言われる寺が実に多いですね。

天念寺はかつては十二院坊のあった六郷中山本寺で、本堂には県指定の木彫仏五体があります。
この寺は“鬼会(おにえ)行事”の寺として知られています。この鬼会の行事は旧正月七日の夜、六郷満山寺院から
集まった役僧たちの読経に始まり長さ4mあまりの大たいまつに点火され勇壮な鬼の法舞が行われる行事で国指定重要無形民俗文化財に指定されています。

また、この周辺は奇岩や秀峰がそびえる景勝地でもあり天念寺耶馬といわれている景勝地です。
その秀峰に架かる石橋が「鬼会の里」の裏にあります。「天念寺無明橋」と言いますが頂上付近は鎖を伝って登る難所があり、なかなかスリリングです。もちろん橋も手すりは無く両脇絶壁に架かっていますので、
高所恐怖症の人には無理かもしれません。

動画案内(詳細 約4分)
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◆ 水害防除の願いをこめて造られたと言われています
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◆ 左より制多迦童子、不動明王、矜羯羅童子 ※ビッグ写真

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◆ 中央の不動明王

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◆ 左の制多迦(せいたか)童子

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◆ 右の矜羯羅(こんがら)童子

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◆ 大きさを人と比べれば分かるが川中不動はかなり大きい

◆ 川中不動そばに「ふれあい直売所」というのがある

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◆ 天念寺不動種平石碑一基(市指定有形文化財)

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◆ 直売所では、めざまし餅やイチゴなどを売っていた

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◆ 質素な佇まいの天念寺本堂
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◆ 本堂には木彫仏が5体ある
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◆ 天念寺本堂の隣に石柱の門がありそこに国宝堂跡がある

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◆ 折れた鳥居の石柱などが残っている

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◆ 今は建物はなく石窟があるだけ

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◆ 国宝堂と呼ばれる建物があった場所
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◆ 石窟には数体の石仏が安置されている
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◆ 左に天念寺講堂、右に身濯神社(みそそぎじんじゃ) がある
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◆ 身濯神社(みそそぎじんじゃ) かつての六所権現
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◆ 身濯神社(みそそぎじんじゃ)左の狛犬
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◆ 身濯神社(みそそぎじんじゃ)右の狛犬
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◆ 身濯神社(みそそぎじんじゃ)の拝殿の中
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◆ 面がある
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◆ 裏に回ると崖の下に石仏が並んでいる
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◆ 身濯神社と天念寺の講堂は廊下でつながっている
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◆ 鬼会の舞台となる天念寺の講堂の中
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◆ 講堂の主尊は薬師如来坐像
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◆ 外には磨崖仏などがある
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◆ 磨崖役行者像(まがいえんのぎょうじゃぞう)
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◆ 岩壁を削ってつくった石窟がいくつかある
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◆ 八十八番の札も見える
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◆ 講堂は崖に埋め込まれるように建っている

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◆ 茅葺き(かやぶき)屋根は最近新しくなったようだ

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◆ 天念寺の講堂

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◆ 40年ぶりに里帰りした阿弥陀如来立像
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◆ 天念寺そばにある「鬼会の里資料館」(入館料200円)

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◆ 鬼会の里の裏山の絶壁に架かる無明橋 ※詳細はここ

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◆ 天念寺耶馬

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◆ 無明橋から見る天念寺耶馬 ※無明橋の詳細はここ

◆ 毎年旧正月の旧暦1月7日の夜に行われる修正鬼会(しゅじょうおにえ)は千年を越える伝統行事 ※鬼会の詳細はここ

◆ 市民乗合タクシーというのがある
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◆ 駐車場は鬼会の里にある
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◆ 動画案内(詳細版 約4分)

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天念寺阿弥陀如来立像について

天念寺には木彫仏五体があり、県指定重要文化財となっています。この仏像は、もともとは六体あって、六体で
国宝(昭和25年の文化財保護法制定後は国指定重要文化財)になっていました。
しかし、昭和16年の大水害で流された同寺本堂の再建資金を得るために、昭和36年に中心の仏像であった
阿弥陀如来立像は売られ、埼玉県入間郡名栗村の鳥居観音に本尊として迎えられました。
このとき、中心の仏像が欠けたために国の重要文化財の指定は外され、残りの五体が県指定重要文化財となりました。

その後、大分県や豊後高田市や地元の尽力により阿弥陀如来立像は9000万円で買い戻され、平成9年11月13日に40年ぶりに無事里帰りを
果たすことが出来たのです。

今、天念寺阿弥陀如来立像は天念寺そばにできた 伝統文化伝習施設「鬼会の里」に展示されています。
この仏像は平安時代後期(12世紀)の作で高さ198cmの檜の一木造です。温和な表情や簡略された衣文(えもん)に特徴があり、
粗野の中に温かみがある仏像は、都の仏師ではなく地元の仏師の作であろうと考えられています。
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