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相 島 (あいのしま)

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福岡県糟屋郡新宮町相島


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 ◆ 相島港に入港する連絡船 しんぐう 新宮港〜相島港を約20分で連絡します。料金は片道 大人460円、小人230円
相島港に入港する連絡船 しんぐう




 
 

◆◆◆◆◆ 相島(あいのしま) ◆◆◆◆◆

 相島(あいのしま)は福岡県糟屋郡新宮町の新宮港から船で約20分万葉集・続古今集にも歌われた歴史のある島です。
世帯数約170世帯、人口約470名でありほとんどが漁業に従事しています。
この島は玄武岩が海蝕されてつくる独特の海岸風景を創っており、朝鮮通信使として来日したシンユハンが 「海遊録」に「余が航海して以来初めて見る神仙境である」と記しています。

 相島は九州本土側(南側)のみに家があります。反対の北側は断崖絶壁となっており容易に近づけないですね。 ただ、穴観音のある所は崖を下りる道があります。
さて、この島の周遊は右回りが歩きやすいとパンフレットに書いてありましたので、時計の針の順に歩きましたが、パンフレットの右回りは船を降りて右に行き回る事らしいです。 私は勘違いして時計の針の順に回りました。その順に写真を掲載しています。

※ 掲載した料金等の内容は変更になるおそれがあります。自己責任で御利用ください。

 
 


 ◆ 相島の地図 (2007年10月作成)
相島の地図

海蝕された玄武岩がつくる神仙境
 相島(あいのしま)の海岸は砂浜はなく玄海の荒波で丸くなった小石や砂利でおおわれています。
古くは縄文時代より人が住んでいたらしく縄文時代の遺蹟もあるそうです。
 長井浜(ナガイ浜)の積石塚は5世紀後半〜7世紀のもので4〜6世紀の朝鮮の伽耶系の土器も出土しており、 朝鮮半島とのつながりや、海人族との関係がうかがえる貴重な遺跡です。 積石塚は約254基あり全国的にもめずらしいものだそうです。平成13年に国指定遺跡になっています。

 江戸時代には朝鮮通信使の迎賓館「有待邸跡」があり多いときは400〜500人の 通信使が宿泊したそうです。今もその時に使われていた井戸が残っているらしいが、夏 草に覆われ見ることは出来なかった。




 ◆ 相島全景(新宮町発行「新宮の風」より写真転載)
相島全景(新宮町発行「新宮の風」より写真転載)

 相島(あいのしま)を一周する全工程は約6キロ程度ですが、穴観音まで下りたり、高妻(たかづま)神社まで上ったりと、 上ったり下りたりで、けっこう疲れました。高妻(たかづま)神社は見るものは無いですからパスして良いと思います。

 店は漁業組合購買部の店が渡船場近くにあります。ウーロン茶やパン、食料など、ほとんどの商品はここで調達できます。現地で調達する人はご利用ください。
下の写真の渡船場付近〜龍王石は、ほぼ渡船場近辺にある場所です。掲載していないですが、新宮寺の入り口近くに朝鮮通信使客館跡というのがあります。そこは名前のとおり、 朝鮮通信使をもてなした館が建っていた場所です。

 ◆ 相島 渡船場付近 ※ビッグ写真
相島 渡船場付近
 ◆ 相島 渡船場
相島 渡船場
 ◆ 漁業組合購買部の店
漁業組合購買部の店

 ◆ 朝鮮通信使も利用した先波止
朝鮮通信使も利用した先波止。平成18年に「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれました。この波止は朝鮮通信使を迎えるために、福岡藩が天和元年(1682年)に構築したものです。そのときに、現在 渡船が発着している前波止と、この先波止の2つを造ったそうです。
 ◆ 恵比須神社 ※祠の中のえびす様
恵比須神社
 ◆ 若宮神社
若宮神社。島の氏神様で御祭神は豊玉姫命、玉依姫命を祭っています。境内に神木といわれるユズカズラの古木と清き泉の神井があります

 ◆ 島で唯一の寺、新宮寺
島で唯一の寺、新宮寺
 ◆ 新宮寺の入り口にある地蔵さん
新宮寺の入り口にある地蔵さん
 ◆ 龍王石(八大龍王石神)
龍王石。「筑前国風土記附録」に「八大龍王石神、タカイシワラ(地名)」として出ています。漁を生業とする海の男の信仰を一身に集める龍王石です。御神体は自然石で周囲750cm、横256cm、高さ216cmの石です

 ◆ 筑前相島燈台(設置 昭和51年3月)
筑前相島燈台(設置 昭和51年3月)

 相島で一番たかい場所に「相島燈台」と「遠見番所跡」があります。そこは高山(標高 77m)の低い丘です。 遠見番所は外国船が来るのを見張っていた所で、今は物見櫓(やぐら)跡の石垣だけが残っています。この石垣の上に櫓が造られていたようです。
 そこで福津市から来たという女性3人に会いました。私と同じ船(新宮発 9:20)で島に来たようですが、島を左周りにまわり、約1時間20分で、すでに島の2/3 を回ってきたようです。バリバリ元気です。 私は右回りで、まだ 1/3 しか回っていません。完全に負けています。
燈台の場所は木が茂り見晴らしは良くないです。女性達もここで海を見ながら食事をする予定だったようですが、がっかりしていました。
◆ 遠見番所跡(物見櫓(やぐら)跡の石垣)と福津市から来たという女性達
遠見番所跡(物見櫓(やぐら)跡の石垣)と福津市から来たという女性達

 ◆ 島に川らしい川は無いが、けっこう水が貯まっている貯水池
島に川らしい川は無いが、けっこう水が貯まっている貯水池

 ◆ 秀吉軍が戦勝祈願した石宮神社
秀吉軍が戦勝祈願した石宮神社

 秀吉は文禄元年(1592年)と慶長二年(1597年)の2回にわたり朝鮮を攻めました。 このときに秀吉軍の軍船はこの島に寄り戦勝祈願をしました。その時に一石を運んできたそうです。 その石が小山のようになって今も残っています。これを「太閤潮井の石」といいます。 この石の多さから見て一人一石運んできたようですね。
この石宮神社の鳥居の手前を右に行くと穴観音に行きます。しかし、2007/10/4 日時点では地震のため、「立ち入り禁止」になっていました。
 ◆ 太閤潮井の石
秀吉軍が祈願するときに一石を運んで祈願した(太閤潮井の石)

 ◆ 穴観音のある海岸を望む
穴観音のある海岸を望む
 ◆ 海岸に下りて振り向く(このあたりの海岸は絶景)
海岸に下りて振り向く(このあたりは断崖が続く)タケノ段(断崖)というようだ

 ◆ ポイントは鉄梯子(はしご)。ここから崖際に上る
ポイントは鉄梯子(はしご)。ここから崖際に上った場所に穴観音の入口がある
 ◆ 穴観音の入口(ここから鎖を伝い縦穴を下りる)
穴観音の入口(ここから鎖を伝い縦穴を下りる)

 ◆ 穴観音の中(入口は狭いが中は意外に広い) ※中は真っ暗なので懐中電灯は必須です
穴観音の中(入口は狭いが中は意外に広い) ※中は真っ暗なので懐中電灯は必須です



穴観音(あなかんのん) 2007/10/6 記載

 前でも書きましたが、この穴観音に行く道は地震で崖が崩れやすくなっており危険のために「立入禁止」のカンバンがでています。 私はそれが見えなかった事にして行きましたが、良い子は真似をしないようにね。
さて、この穴観音は名前のとおりに穴の中に観音様が祀られている場所です。通称「穴観音様」と言われており、 島の人のみならず、近隣にも名の通った海上安全、無病息災祈願の観音様として有名だそうです。

 現地の説明板によると、 この観音様がいつ頃から祭られているかは定かでないようですが、「阿部嶋窟観音濫觴」によると天暦年間(947〜957年)には すでに存在していたそうですから、約1100年前頃からあったようです。

 この観音様にまつわる話としては、天暦から数百年後に大きな台風に襲われ、洞窟にも潮が入り観音様が流され、長い年月をかけて肥前五島の 玉の浦に漂着しました。拾った漁師が薪ににしようとしたら霊告を受け、小片を焼くと香りが漂ったために祀り信仰しました。 ある夜漁師の妻の夢の中で、「我は相島の観音である。早く返してくれ」と告げたため、急いで相島へ送り返しました。
また、別な話では、ある時鯨が死んで洞窟近くに漂着し穴の中に臭気が漂ったために、穴から出して近くの山の上にお堂を建てて祭ったとあります。 現在この観音様は、山の観音堂本尊の胎内に納められているために見ることはできないそうです。

 この穴観音は10年くらい前(1997年頃)には、海岸から少し上がった所に横穴があり、いきなり四つんばいになって穴に潜った記憶がありますが、 その後崖崩れがあり大量の土砂が入口を塞いだようです。それで縦穴を掘り入口を造ったようですね。今は縦穴を下りて少し横に行った場所に観音様が祀られています。




 ◆ 長井浜と鼻栗瀬(通称:めがね岩)を望む
長井浜と鼻栗瀬(通称:めがね岩)を望む

 長井浜(ナガイハマ)の海岸には相島積石塚群(あいのしまつみいしづかぐん)という古墳群が254基もあります。 この古墳は5世紀後半から6世紀にかけて造られ、7世紀まで利用されていたそうです。
その古墳からは4〜6世紀の朝鮮の伽耶系の土器も出土しており、朝鮮半島とのつながりなどが、うかがえる貴重な遺跡だそうです。

 まあ、ようするに昔の墓ですね。このような風光明媚な場所を墓地にした古代の人は死者に優しかったのだろうと想像します。 私も陽の当たらない、じめじめした墓地より、このような場所で眠りたいです。

 ◆ 相島随一の景勝地 長井浜(ナガイ浜) ※ クリック → 長井浜の超ビッグパノラマ写真
相島随一の景勝地 長井浜(ナガイ浜)

 ◆ 鼻栗瀬 ※ここは絶好の釣り場でもある ●ビッグ写真
鼻栗瀬(通称:めがね岩)島の東約300mの海上にそそり立ち、高さ約20m、周囲100mほどで、全体が玄武岩でできています。中央部は荒波のため空洞(海食洞)となっており、絶好の釣り場となっています。平成18年2月には県の文化財として指定されました
 ◆相島積石塚群は大潮でも波のこない陸よりにある
相島積石塚群は大潮でも波のこない海岸の陸よりにある



長井浜(ナガイハマ)

 相島の東端にある長井浜(ナガイハマ)は島随一の絶景が望める場所です。
朝鮮通信使として来日したシンユハンが「海遊録」に「余が航海して以来初めて見る神仙境である」と記しているのも、たぶんこの場所の風景を見て書いたものと思われます。

 長井浜(ナガイハマ)からみる鼻栗瀬(通称:めがね岩)と石ころの海岸は、なんとも言えない良い風景です。
これだけの風景が、もし九州本土にあれば、ドライブインはでき観光客が絶えない名所になるでしょうが、 ここは交通の便が悪い島ですから、人っ子一人いない静かな海岸なのです。聞こえる音は波の音と風の音だけです。この絶景と海岸を独り占めした気分になれます。


 ◆ 剣神社(明治時代に出土した刀剣を祀っている)
剣神社。明治時代に多数の刀剣が出土し、これを祀っています
 ◆ 日蒙供養塔(蒙古供養塔)
日蒙供養塔(蒙古供養塔) 元寇の役のときに総勢14万人の蒙古軍は暴風雨で壊滅し、この海岸にも死体が折り重なっていたそうです。そして蒙古塚を建てたそうですが、その場所がどこであったか分かっていません。この日蒙供養塔(蒙古供養塔)は昭和42年(1967年)に神宮寺の先代の住職が尽力され建立されたものです

 ◆ 奥の中学校と手前の小学校
奥が新宮中学校相島分校、手前が相島小学校
 ◆ 中学校の場所から望む町並み
中学校の場所から望む町並み
 ◆ 高妻(たかづま)神社
高妻(たかすま)神社
 ◆ 旅館 美潮荘
旅館 美潮荘
 ◆ 旅館 丸巳屋
旅館 丸巳屋



 日蒙供養塔(蒙古供養塔)は鼻栗瀬の一番近い半島を鼻面半島といいますが、その付け根にあります。 この塚は元寇の役のときに総勢14万人の蒙古軍は暴風雨で壊滅し、この海岸にも死体が折り重なっていたそうです。敵味方の区別無く手厚く葬って蒙古塚を建てたそうですが、その場所がどこであったか分かっていません。この日蒙供養塔(蒙古供養塔)は昭和42年(1967年)に島にある神宮寺の先代の住職が尽力され建立されたものです。

 高妻(たかづま)神社は中学校の横に鳥居があり、そこから階段らしきもの(道が悪い)を20分くらい上った場所にあります。 訪れる人は少ないようで、道は夏草が生え、道を倒木がふさぎ、けっこう上るのに難儀をしました。小さな神社の建物があり、中には明治時代の絵馬などが、 ありましたが、さして見るべき物はありません。苦労して上るほどのことは無いですね。

 島の宿は渡船場に比較的近い場所に旅館 丸巳屋(TEL 092-962-2908)があり、そこから少し中学校寄りに行った場所に旅館 美潮荘(TEL 092-962-2870) がありました。 他に栄屋旅館(TEL 092-962-2871)というのもあるようです。

 島の特産品は新鮮なアジやエソのすり身を使ったかまぼこをはじめ、塩ウニ、イワシ・アジの干物、ワカメ・テングサなどです。 それらは渡船場近くにある相島地域産物展示販売所で販売しています。なお、ここには食堂もあります。





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相ノ島への連絡船と時刻表(よかとこBY)

相ノ島周辺マップ(マピオン)  中央 '+' あたりが相ノ島渡船場の位置です。
新宮港周辺マップ(マピオン)  中央 '+' あたりが新宮港渡船場の位置です。
新宮町の公式ホームページ
新宮町商工会のホームページ
  *連絡船注意事項
  自転車、二輪車、の乗船は、原則として平日のみで、二輪車(原付も含む)は、島の人が島で利用される方、
  及び工事等の業者の人が利用される方のみとなっています。

  *相島渡船場(新宮港)までの交通アクセス
  ■西鉄新宮駅から徒歩30分
  ■JR筑前新宮駅からバス(相らんど線)利用15分「相島渡船場」下車
  ■車の場合は新宮港の「相島渡船場」そばに有料駐車場があります。一日300円です(2007/10/4 時点)

  *インフォメーション
    ■新宮町教育委員会(文化財) 092-962-3261
    ■新宮町役場産業課(観光)  092-963-1734
    ■新宮町商工水産課      092-962-0238
    ■新宮渡船待合所       092-962-0482
    ■相島渡船待合所       092-963-0304




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企画・制作 (株)システム工房 ・ 最終更新日 2007年10月06日
株式会社システム工房 TEL 0940-51-3019
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