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福岡県古賀市青柳町
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◆ 、唐津街道・青柳宿が置かれていた古賀市青柳町地区 (右端に見えるのは旧青柳町宿構口跡の石碑)
◆ 旧青柳町宿 西の構口(かまえぐち)跡の石碑
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今の青柳に宿場町であった往時を偲ぶものはあまり残っていませんが、江戸時代後期の街並み想定図を見ると、
西の構口の石積、託乗寺、観音堂(川原観音)と為息庵(いそくあん)などが残っています。
地図の御茶屋の場所には青柳醤油さんがあり、なかなか良い佇まいをしています。
この青柳醤油さんは創業90年で大正時代にできたそうです。その当時は今のJR古賀駅周辺より、ここの方が
勢いがあったので、ここで創業した。と聞いていると御主人が言っていました。
鉄道は明治22年(1889年)に出来ていますが、従来の集落を避けて海岸沿いの「古賀」(現・天神)に駅を作りました。
鉄道運賃は高く、庶民は大正時代までは旧唐津街道を歩いていたようです。それで大正時代までは今のJR古賀駅周辺より、ここの方が賑(にぎ)やかだったのだと思います。
また、青柳宿を通る唐津街道は青柳醤油さんの所で大きく曲っていますが、これは敵の侵入を防ぐためにあえて道を真っすぐでなく曲げて造ったそうです。
これを鉤の手形(かぎのてがた)と言うらしいです。しかし、どうなんでしょうかね? この程度の曲り道では、たいした効果はないような気もしますが・・・・
それに現地の説明板では慶長10年(1605年)頃より自然発生的に町ができたようなので、計画的に道を曲げたのではなく、元々の道が曲がっていたと思った方がよさそうです。

※掲載写真は博多→小倉(上り)向きに撮っています。
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◆ 昭和30年3月31日まで使用されていた青柳村役場跡
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◆ アガパンサスの花が咲いていた
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◆ 道傍にある太宰府神社道碑
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◆ 道はこの先で左に曲がっている
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◆ 道が曲がる場所にあるのが青柳醤油さん
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◆ 青柳醤油さんはいろいろな種類の醤油を作っている
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◆ 浄土真宗西本願寺派到関山 託乗寺(たくじょうじ)
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◆ 天理教元鎮西分教会というのもあった
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◆ 観音堂(川原観音)と為息庵(いそくあん)
◆ 手前が旧唐津街道の道

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◆ 観音堂の中の観音像

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◆ 為息庵(いそくあん)と石仏

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◆ 粕屋四国の札所になっている
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◆ いくつかの庚申塔(こうしんとう)がある
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◆ 唐津街道 青柳宿の動画案内

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■■■■■ (青柳宿) → 博多方面の情報 ■■■■■ ============================================
◆ 新宮町三代に残る「太閤水」
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◆ 新宮町原上にある「夜泣き観音」
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■■■■■ 畦町(あぜまち)方面の情報 ← (青柳宿) ■■■■■ ====================================
◆ 浄土宗鎮西派安楽山浄土院
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◆ 曹洞宗東光山 医王寺(いおうじ)
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◆ 旧唐津街道・青柳宿は博多から三里半(約13.6Km)、旅人が最初に休泊する宿場であった

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