◆ 「あんずの里」に咲くアンズの花(2005/4/04 撮影)
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春には4000本のアンズが花を咲かせる
福間から海岸線を通る国道495号線沿いにある「あんずの里」には4000本のアンズの木や芝
生広場、遊具施設、運動広場、展望台、ふれあいの館などがあります。
なんでも鎌倉時代末期の文永、弘安の役(中国の元の大群が福岡に攻めてきた戦い元寇の役)のとき、津屋
崎の浜にアンズの種が流れ着き、芽吹いたという言い伝えで命名された公園です。
この4000本のアンズの木は3月下旬から4月上旬に薄いピンクの花を咲かせ、まわりに甘い香りを漂わせます。
なお、公園入口にある「ふれあいの館」には地元の花や野菜などの直売所があり、新鮮な野菜などが買えると評判です。
公園の入口から、園内奥の駐車場へ向かう道の途中の「ふるさとレストランあんず」の下に 名児山(なちごやま)万葉歌碑があります。
万葉集を代表する女流歌人、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)が詠んだ歌で
「少彦名(すくなびこな)の 神こそは 名づけ始(そ)めけめ 名のみを 名児山と負ひて わが恋の千重(ちへ)の一重(ひとへ)も 慰めなくに」
と刻んでいます。
恋に悩む心の苦しさを名児山に訴えかけた歌で、天平2年(730年)に奈良の都に帰る時に奴山(ぬやま)から田島に行く途中の大坂越(おおさかごえ)で詠んだ歌です。
なお、展望台にも後九条内大臣が勝浦を眺めて詠んだ歌碑があり「秋の夜の潮干の月の かつらがた やままでつづく 海の中道」と刻んでいます。
この「後九条内大臣」は九条 基家(くじょう もといえ)(1203-1280年)のことで鎌倉時代中期の宮廷歌人です。
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