◆ 今は横に新橋ができており通る人は少ない
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大窪橋(おおくぼばし)は名工 丈八(橋本勘五郎)が造ったという話も昔にありましたが、最近の調査では砥用町岩尾野に住んでいた石工「新助」という事が判明したようです。
現地の説明板によると、「寛永2年(1849年)に庄屋 篠原善兵衛、石工 新助により架橋された。
この橋の特徴は橋の円の中心が常水面下であるために両基礎の中心角が157.40度です。そして、中央高が単一拱(町内の眼鏡橋)としては平地架橋では限界のものであります。」
と、書いてあります。
よく分からない内容ですが、ようするに石橋の内径の中心は水面より下にあり、なだらかな傾斜でせり上がっている。これ以上なだらかにすると橋が崩壊する。と、いう事だと思います。
なお、橋の傍には小さな石碑が建っており、「この橋車通る扁から須」と書いてありますから、昔の車と言えば大八車と思いますが、通行不可だったようです。
そして、この大窪橋(おおくぼばし)の傍(そば)には桜の木があり、春には「石橋と桜」のとても良い風景を見ることができます。
・形式:単一石造アーチ
・橋長:19.3m、橋幅 2.9m(最大)
・完成:寛永2年(1849年) ・石工:新助
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