◆ 高さ(23.5m)日本一の三重塔
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奈良時代初期の西暦741年に聖武天皇は疫病、不作、反乱などの災害や社会不安を取り除くために、
「国分寺建立の詔」をだしました。これは国ごとに国分僧寺と国分尼寺を建立し、国分僧寺には七重塔を
つくり20人の僧を置き、国分尼寺には10人の尼を置くことを定めたものです。
ここ、豊前国分寺も、この時に造られたもので天平勝宝8年(756)ころまでに完成したものと考えられています。
その後九州東北部一円の文化の中心として豊前国分寺は栄えましたが、戦国時代末期の天正年間(1573〜1592)に戦国大名であった
大友氏の戦火にあい焼失しました。
焼失後すぐ草庵は造られましたが、本格的に復興したのは約100年後の江戸時代の元禄年間(1688〜1704)で、
小笠原藩の援助を受け復興したものです。
現在、敷地内にある建物のうち本堂は寛文6年(1666)、鐘楼門は貞享元年(1684)に建立されたものです。
塔は本来は七重塔であったが、明治28年に今の三重塔が建立されました。塔の高さは23.5m、奈良法起寺と
並び三重塔としては全国一を誇っています。(福岡県指定有形文化財)
豊前国分寺周辺は史跡公園となっており、梅の木がたくさん植えてある公園や休憩所、多くの石碑、復元された講堂基壇跡などが
ある。また、入口付近には国分寺案内所があり、国分寺や周辺の関連遺跡から出土した瓦などの遺物が展示している。
■ 入場料:無料 (国分寺案内所も無料)
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