◆ 平恒にある旧三菱炭鉱の斜坑巻き上げ機台座

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ここ筑豊地帯は明治中期以降、急速に炭鉱町として発展した地方です。飯塚、田川、直方は「筑豊三炭都」と言われ、
多くの炭鉱がありました。その時代製鉄所や大型船や蒸気機関車、発電所、紡績工場から家庭の風呂まで多くのエネルギーは
ほとんど石炭であり、この筑豊の石炭は日本の近代化に大きな貢献をしたのです。しかし昭和30年代の石炭から石油へのエネルギー革命により
すべての炭鉱は閉山しました。
その時代の面影を残す物は少ないが、飯塚市(旧:穂波町)に3つの峰を持つボタ山が残っており、
過去の栄華をしのぶことができます。
また、ボタ山の南の平恒地区には赤レンガ造りの旧三菱炭鉱の斜坑巻き上げ機台座が2つあります。これは巻き上げ機を据え付けた
台座で、大正時代に造られたと考えられています。
上部の動力については記録が残っていないので定かでありませんが、蒸気の力で稼動していたといわれています。
また、斜坑は平行して2本開削され、1本(本道)は入気(空気の取り入れ)、石炭の搬出に使い、もう1本(連卸坑道)は
排気、人道に使用されていました。だから台座も2基あるのです。
筑豊には今も斜坑の巻き上げ機台座はいくつか残っていますが、だいたい戦前のものはレンガ製で戦後はコンクリート製となっており、
この台座は筑豊でも最大級のものです。
●おまけ…JR飯塚駅より見る「ボタ山」 (2007/10/21 撮影)
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