◆ 長崎型原爆ファットマンの模型

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平成8年(1996)に被爆50周年を記念し平和都市長崎のシンボルとして開館された長崎原爆資料館は地上2階・地下2階からなっており、
常設展示は3つのテーマに沿って長崎市への原子爆弾投下に関する資料を展示しています。
まず、最初のテーマは「1945年8月9日」で、ここには原爆投下前の長崎の街や風景、市民生活を展示しています。
そして「原爆による被害」には、原爆投下直後の長崎の街の惨状を再現しています。
「核兵器のない世界」は戦争と核兵器の問題や平和について考えるコーナーです。

もっとも印象的なのは原爆投下直後の長崎の風景です。市街地は廃虚と化し草木が一本もなく瓦礫(がれき)と化した街。そして原爆が投下された「午前11時2分」で止まっている柱時計。
原爆の熱でグニャグニャに溶けたガラス瓶。原爆の威力がいかに大きかったかが分かります。
公式サイトから引用すると、
======== 引用開始 ==========
火球から放出された大量の熱線は、爆発から3秒ほどの短い時間に、異常な高熱で地上を包んだ。地表面の温度は爆心地で3,000度から4,000度、
1キロメートル離れたところでおよそ1,800度、1.5キロメートル付近で600度以上に達したものと推定される。これが大規模な火災を引き起こした。
熱線が届いた距離は浦上地区の地形と関係するので一様ではない。しかし、その影響は遠くまでおよんで、
爆心地からおよそ4キロメートル離れたところでも、屋外にいた人は熱傷を負うほどだった。
======== 引用終了 ==========

戦争を終結させる為に原爆投下は必要だったとアメリカは言っているようですが、6日の広島の原爆投下からわずかに3日後に長崎に原爆投下ですからね。
日本も被害の現状調査に2日程度はかかるでしょう。降伏するかどうかの閣議を開いて・・・・降伏するとアメリカに通告するには、なんやかんやで5日は必要でしょうね。
それが3日で2発目の原爆投下ですから「日本が降伏する前にやってしまえ!」だったことは明白だと思います。
広島のウラン型原爆と長崎のプルトニウム型原爆の実験を兼ねていたのは間違いないと思うのです。
まあ、戦争ですから、「負け犬の遠吠え」のような泣き言を言ってもしかたないとも思うのです。今も当時も原爆を落としてはいけない。という国際法はないし・・・・・
問題は今後です。日本は唯一の被爆国として原爆の恐ろしさを訴え、地球から原爆をなくす努力をする先頭にたつべきだと思います。
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