◆ 中華料理店や中国雑貨店など約40軒が軒を連ねる
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長崎新地中華街は横浜中華街、神戸南京町とともに日本三大中華街のひとつで、石畳が敷かれ、中華料理店や中国雑貨店など約40軒が軒を連ねています。
江戸時代(元禄時代)には中国との貿易が盛んに行われ、その当時に中国人が住んでいたのは今の中華街の東南方向にある唐人屋敷(唐館)の所で、当時長崎の人口が6万人の時代に
中国人が1万人いたと言いますから、たいへんな多さです。
今の中華街の場所は埋め立てて造られ所で、中国からの貿易品を納めていた倉庫があった場所です。新しく築地によってできた場所という意味で、「新地」とか「新地蔵所(しんちくらしょ)」と呼ばれました。
明治維新後、唐人屋敷とともに新地蔵所も廃止されたため、在留中国人は港に近い新地蔵所跡地に移り住み、長崎独特の中国人街を作ってきたのが、今の新地中華街です。

長崎新地中華街は東西、南北あわせて約250mの十字路があり長崎市の姉妹都市である福建省の協力でできた石畳となっています。
中華街の四方には色鮮やかな中華門があります。この中華門は昭和61年に本場中国福州市から資材を取り寄せ、職人を招いて築造したもので
東、北、南門は高さ、幅とも9m。西門は高さ9m 幅4m となっています。

中華街の南門の先にあるのが湊(みなと)公園です。ここには中国蘇州地方に残る伝統的建築様式の石造り表門(中国名牌楼)があり、
毎年春節祭に合わせて行われる、ランタンフェスティバルのメインイベント会場になります。

中華街の南門の脇に「つりがね堂薬局」があります。ここの昔の写真が説明板にあったので転載します。ここは昭和の始めに埋め立てられたようですから、写真はそれ以前ですね。
当時は商標の釣鐘(張りぼて)を船やリヤカーに載せて行商していたそうで、写真では小船が停泊しています。
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