◆ 細川忠興お手植えの臥龍梅
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八代城の堀のそばにある松井神社。この神社は松井家再興の祖である初代康之(やすゆき)と二代興長(おきなが)を祭った神社です。
この神社の境内に樹齢350年と言われている臥龍梅(がりゅうばい)があります。
この梅は細川忠興(ただおき)公がこの地に住まいを設けた際に自ら植えたものと
言われており、例年3月初旬に花を咲かせ見頃となります。花は淡いピンク色の八重の花で開花時期には周辺に甘い香りを漂わせます。
細川忠興は明智光秀の娘である玉(ガラシャ)を夫人に迎えた人です。織田信長、羽柴秀吉、
徳川家康に仕え多くの戦功をあげ、関が原の戦いの後に親子で豊前中津(40万石)と
豊前小倉(40万石)を与えられました。元和5年(1619)に嫡子・細川忠利に家督を譲り隠居の身となりました。
その後、寛永9年(1632)に徳川家から、にらまれていた加藤忠広が改易になると細川忠利が小倉より肥後に入国しました。
そのとき八代には忠利の父である細川忠興が入城しました。この時期にこの臥龍梅は植えられたものです。
そして忠興は正保2年(1645)に83歳で八代で没しました。
その後は細川家の重臣であった長岡(後の松井)興長が三万石の城主として八代城に入城し、以来、明治維新まで
続いたのです。
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