◆ 崇福寺山門の一般公開が行われた 2012/04/20 撮影
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崇福寺は隋乗坊堪慧(ずいじょうぼうんたんね)禅師によって仁治元年(1240)に大宰府に創建されました。隋乗坊堪慧禅師は承天寺を開いた聖一国師(しょういちこくし)の弟子で、聖一国師とともに宗(中国)に渡り学びました。
慶長6年(1601年)に黒田長政が太宰府にあった当寺を現在地に移して黒田家の菩提寺としました。山号は横岳山(おうがくざん)といいます。

今も境内の北西部に黒田如水や黒田長政をはじめ四代、六代、七代、九代の藩主の巨大な墓があります。他の藩主の墓は博多区御供町の東長寺の黒田家墓所にあり、両墓地とも市史跡に指定されています。
一般墓地にも黒田家ゆかりの人々の墓や博多の豪商だった島井宗室、私塾興志塾を開設した高場 乱(たかば おさむ)、アジア主義を主張する政治団体 玄洋社関係者である頭山満、来島恒喜などの墓などもあります。

広い敷地内には福岡城本丸の表御門を移築した山門(県指定有形文化財)や月見櫓と花見櫓を用いた仏殿や名島城遺構の唐門【からもん】(県指定有形文化財)
も見ることができます。

境内にある旭地蔵尊では昔ながらのお百度まいりの姿が見られ、庶民の信仰が厚いことがよく分かります。
また、東の壁際にはたくさんのお地蔵さんが並んでおり、線香とロウソクの灯が絶えないようです。
ここ崇福寺は黒田家の菩提寺という格式の高さと、地蔵尊という庶民信仰が混在するお寺です。

●崇福寺境内案内図

動画案内(詳細 約7分)
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