◆ 早稲田大学が建設し市に寄付した大隈重信記念館
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大隈侯旧宅は二百数十年前に建てられた武家屋敷で敷地314坪、建坪55坪あります。
父一信保は佐賀藩の砲術長で禄高400石取りでした。
大隈重信は天保9年(1838年)に、ここ(会所小路)で生まれました。当時は藁葺(わらぶき)屋根でしたが、後に瓦屋根に改造されて、今に
いたっています。今の旧宅の藁葺(わらぶき)屋根の部分は当時の間取りのままのようです。この旧宅の2階部分に重信の勉強部屋であった部屋が残っています。
そこの正面に梁の端が突き出ています。八太郎(大隈重信の幼名)は勉強して眠くなると、この梁に頭をぶつけて目を覚ましていたという話が残っています。
大隈重信は長崎に行ったり、京都に行ったりしていましたが、基本的には30歳になるまでここが生活の拠点でした。
その後、東京に行き総理大臣を2回おこない。早稲田大学を創設し、84歳で大正11年(1922年)に亡くなりました。
横に早稲田大学が建設し佐賀市に寄付した記念館があり、いろいろな遺品を展示しています。(入園料は300円)
※大隈重信旧宅は普通は開放していないようです。私は2006/11/5日に訪れましたが、今日は開放しています良かったですね。と言われました。
いつ開放するのかは不明です。気になるかたは大隈記念館に電話で聞いてください。--->(大隈記念館 TEL:0952-23-2891)
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