壱岐の北端にある勝本港は対馬海峡に面し、古代から北の玄関口として大陸交通の要衝として栄え、江戸時代は捕鯨基地として栄えた港町です。
近年は壱岐周辺の好漁場を生かしイカ、ブリ、タイなどの漁業を中心とした約700隻の漁船を有する西日本有数の漁業基地となっています。
この勝本の地名の由来には神功皇后伝説があります。それは神功皇后が三韓征伐のおり、ここで風待ちのために滞在され、ちょうど良い風で出発することができ
以後、この地を風本(かざもと)と、呼ぶように、いわれ、この地を風本というようになりました。
そして、三韓征伐で勝利して、帰国する途中にもここに寄られ、この地を、「勝本」と呼ぶようにといわれたので、以後、「風本」を「勝本」と呼ぶようになりました。という話です。
勝本浦の北の端に聖母宮(しょうもぐう) があります。ここも神功皇后ゆかりの地と云われ、創建は養老年間(717-24)の古社です。
1770年頃には日本の鯨王といわれ、鴻池家、三井家と共に日本三大富豪とも言われていた土肥家がこの勝本にありました。その土肥家が厚く信仰した神社であると云われています。
勝本町は農村と漁村が並存しており、朝市などでは採れたての海の幸、山の幸が並び、地元の人や観光客でにぎわっています。