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日向神峡=福岡県八女郡矢部村大字北矢部
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■■■■■ 日向神峡と日向神ダム ■■■■■ ★ 場所はここ(中央"+"付近)===========================
◆ 日向神(ひゅうがみ)ダム。 赤い橋は蹴洞橋(けほぎばし)その橋の奥が日向神峡(ひゅうがみきょう)です

◆ 蹴洞岩(けほぎいわ)

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日向神峡(ひゅうがみきょう)は日向神(ひゅうがみ)ダムの水を塞き止めているダム堤体近くにあります。このダム周辺は桜の名所であると同時に紅葉の名所となっています。
今回は紅葉の写真を撮ってきました。
紅葉の名所と言っても紅葉する木の本数は少ないですね。ダム周辺の大部分は杉が植林されており、紅葉する木はほとんど残っていないです。
その中で一番紅葉する木が残っているのが蹴洞岩(けほぎいわ)という穴のあいた岩壁がある周辺です。その辺りが日向神峡(ひゅうがみきょう)と言われる場所です。
そこには赤いアーチ橋である蹴洞橋(けほぎばし)が架かっています。この橋は2005年3月に竣工した新しい橋で、この橋からの眺めが最高に良い場所です。
この橋ができるまではダム沿いにダムを周回する道がありましたが、今は途中で行き止まりになっています。その道の途中に展望台があります。その展望台からは正面岩などの絶壁と奇岩を見ることができます。
しかし、橋ができて橋から展望する人がほとんどで展望台は荒れていました。あまり人が来ないようです。
なんでも、この日向神峡(ひゅうがみきょう)は日向の神々が、美しさにひかれ降り立ったという伝説が残っているそうです。
天照皇大神とスサノオ尊、日向神大明神になぞられた10mもの大岩壁「正面岩」をはじめ、天馬の蹄が当たって穴が開いたという「蹴洞岩(けほぎいわ)」や
七福神の名の付く7つの岩があるようですが、どれがその「7つの岩」なのか良く分かりません。
これなんかもその一つと思いますが、名前は分かりません。紅葉は紅葉する木の数が少なく“もう一歩”の評価ですが、耶馬溪に似た迫力の巨岩・奇岩群はすばらしいものです。
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◆ 蹴洞橋(けほぎばし)から見る蹴洞岩と紅葉
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◆ 蹴洞橋(けほぎばし)周辺が一番紅葉が多い
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◆ ちょっとした展望台もある(あまり利用されていない?)
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◆ 蹴洞岩(けほぎいわ)を裏から見る ※ドUPの写真はここ
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◆ 展望台からの眺め…正面の大岩壁は「正面岩」と言う

◆ 日向神ダム
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◆ ダム堤体の上の岩壁
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◆ ダム堤体から下を見る
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◆ ダム堤体の両端はトンネル
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◆ トンネルそばにある慰霊碑
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◆ 日向神ダムに架かる鶴橋
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■■■■■ 日向神千本桜( 2008/4/11 撮影 ) ■■■■■ ========================================
◆ 日向神ダムに架かる鶴橋と周辺の桜 ( 2008/4/11 撮影 )

◆ 国道442号線に架かる赤い橋と桜
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日向神千本桜は日向神(ひゅがみ)ダムの周辺の桜のことです。
ここは山間部にあり日当たりも短いせいか、見頃は低地の桜より1週間程度遅いです。
例年は4月8日前後ですね。
他にもXXX千本桜という所がありますが、どう勘定しても200本もないのにXXX千本桜と銘打って
いる所が多いですね。しかし、ここはダム周辺の多くの桜があり、名実ともに千本ある感じです。
ダムに架かる鶴橋やダムの水に映える桜はきれいです。山にある桜もそれなりにきれいですが、水そばにある桜が
一番きれいだと私は思うのです。川や湖やダムや城の濠などにある桜が一番いいですね。
● おまけビッグ写真1
● おまけビッグ写真2
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◆ 国道442号線沿いにも多くの桜
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◆ 矢部川源流公園そばの桜
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◆ ダム沿いの道にも多くの桜
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■■■■■ 八女媛神社(やめつひめじんじゃ) ■■■■■ ★ 場所はここ(中央"+"付近)===================
◆ 八女媛神社(やめつひめじんじゃ)と神の窟(かみのいわや)

◆ 八女媛(やめつひめ)の像

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八女媛神社(やめつひめじんじゃ)は矢部村の神の窟(かみのいわや)地区にあります。この神の窟(かみのいわや)の名称は
八女媛神社(やめつひめじんじゃ)の横にぽっかり開いた穴がありますが、これを神の窟(かみのいわや)と言います。
これがこの近辺の地名になったものと思われます。
さて、この八女媛(やめつひめ)って何者でしょうか? 現地の説明板によると、わが国最古の歴史書「日本書記」に八女媛の事が書いてあるそうです。
そこには「四世紀半頃 大足彦命(後の景行天皇)が筑紫の国に来られたときに、青くけむる山中を指し、あの一帯を治める者は誰か?と問われた。その時に大海と言う人が
「その名は八女媛と称し、常に山中にいる。」と言ったそうです。
その八女媛(やめつひめ)を祀っているのが八女媛神社(やめつひめじんじゃ)です。神社の創建は社伝によれば養老3年(719年)だそうです。
そして、神の窟の中で八女津媛が政治を行ったと伝えられています。なお、この八女津媛が福岡県八女市の語源になっていると言われています。
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◆ 神社そばにある推定樹齢600年の権現杉と八女津媛浮立館

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◆ 5年に一度11月の中旬に行われる八女津媛神社の浮立(県指定民俗無形文化財) ※2009/11/15 撮影

■■■■■ 良成親王陵墓(よしなりしんのうりょうぼ) ■■■■■ ★ 場所はここ(中央"+"付近)=============
◆ 良成親王陵墓(よしなりしんのうりょうぼ)

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矢部村の御側(おそば)という集落にある大杣公園の中に良成親王陵墓(よしなりしんのうりょうぼ)があります。
この良成親王(よしなりしんのう)は南北朝時代の後村上天皇の第6皇子で征西将軍の職を叔父であった
懐良親王(かねながしんのう・かねよししんのう、とも言う) から譲り受けて
南朝方の九州の将軍として九州の拠点である大宰府を中心に九州を守っていたのです。
しかし、中央における吉野南朝の衰退によって大勢は一変し、1372年には大宰府は陥落し征西府12年にわたる九州支配は終わりました。
良成親王(よしなりしんのう)も南朝の再興はかなわず、失意のうちに元中九年(1392年)、ここ大杣の御所にて御齢35歳の年頃にて死亡されたのです。
今でも、親王の墓前で毎年、命日である10月8日に親王を偲ぶ「大杣公園祭」が催され浦安の舞が奉納されます。
なお、この周辺の御側(おそば)という地名は良成親王の「お側」に仕えた人々が良成親王 亡き後に住み着いたと言われています。
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◆ 管理は宮内庁になっているようだ
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◆ 周辺の紅葉もなかなかのもの
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◆ 御側(おそば)という集落にて
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■■■■■ 杣の里(そまのさと)渓流公園 ■■■■■ ★ 場所はここ(中央"+"付近)======================
◆ 杣の里(そまのさと)渓流公園にある「杣の大吊橋」

◆ レストラン「ル・クレソン」

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杣の里渓流公園は矢部川の源流で県下最高峰の釈迦岳の中腹にあります。
ここにはシンボルとして「杣の大吊り橋」があり、他に宿泊施設「ソマリアンハウス」やオリジナルの「ソマリアンカレー」が
食べられるレストラン「レストハウス ル・クレソン」、草木染め・陶芸が体験できる「クラフトセンター」、
やまめ釣りなど、大自然を楽しむ施設がたくさん揃っています。サークル活動、企業研修、家族レジャーなどに最適環境です。
私が行った2007/11/17 には、時間も遅く 16:30 頃であり、これから椿ヶ鼻ハイランドパーク経由で日田を通り福岡に帰る予定で、
時間が無くあまり杣の里渓流公園でゆっくりできませんでした。急いで写真を撮って帰途に着きました。(今日はバイクで来たので暗くなると危ないので・・・・)
杣の里渓流公園の詳しい情報は公式サイトをご覧ください。
帰る途中に杣の里渓流公園から約 1Km弱の位置に滝がありました。八つ滝の一つである「幸福の滝」というようです。
この杣の里渓流公園周辺から上流部分には紅葉する広葉樹も多く残っており秋の紅葉はなかなか見物です。
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◆ 杣(そま)の大吊橋

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◆ 杣の里の上流にある「幸福の滝」 ※場所はここ

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◆ 杣の里(そまのさと)渓流公園 周辺の紅葉

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