◆ 左:禅海さんが掘った素堀のトンネル 右:現在の車道

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山国川のほとりの競秀峰のすそに掘られた青の洞門。今は車が通るトン
ネルになっているが、昔の素掘りのトンネルも一部残っている。
菊池寛の小説「恩讐の彼方に」でよく知られる話が残っている。その話は、
人を殺めてしまった償いに難所であったこの地にトンネルを掘ろうと決
意した禅海が、ノミとツチだけで30年かけて完成させたと言う話である。
ここまでは、なかなか良い話であるが、その後、禅海さんはこのトンネルを有料(日本最初の有料道路)にして、その“あがり”で優雅に暮らしたという。この話はいただけない。
それも住み込みの女中と共に暮らしていたという話が残っている。住み込の女中? 2部屋くらいしかない小さな家で坊主が同じ屋根の下に女性と? これは常識的に考えて愛人と思われてもしかたないことである。
だいたい、このトンネルを掘るのに後半は村人も手伝ったという事なので、タダにしろタダに! 禅海に対する私の評価は・・「おヌシなかなかの悪じゃの〜」と思うのである。
なお、近くの羅漢寺の入口近くに禅海和尚を奉った禅海堂があり、この青の洞門を掘ったときに使用したノミやツチが置いてある。
■ 無料駐車場あり ■ 見学自由(無料)
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