◆ 今もマキを使う登り窯が多く使用されている
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昔ながらの技法による素朴な焼き物の里
日田市の北部、高塚山の麓にある源栄町皿山地区が小鹿田(おんた)焼の里である。
この小鹿田焼は宝永2年(1705年)柳瀬三右衛門により開窯された。柳瀬三右衛門は筑前小石原の住人であったので
小石原焼の分れ窯としてスタートしたようだ。
技術的には初期は唐津焼、後には小石原焼や高取焼
の影響を受けており、かめ、壷、鉢、茶碗などの日用雑器を主に製作していた。約10軒の窯元が半農半陶の中で農耕のかたわら細々と製作していたものであり、近在の民家が主な得意先であった。
窯場の人々も広く世に認められようとせず、もくもくと先祖から継承した技法で焼き物を製作していた。
それが昭和29年に英国の陶芸家バーナード・リーチさん達が訪れて以来、民陶小鹿田焼の名は全国に知られるようになった。
その後欧州で開かれた世界工芸展でグランプリ大賞、各地の展覧会で数々の受賞を受け、昭和45年には国の記念保存文化財に指定された。
今も10軒あまりの窯元が谷川の水を利用した唐臼(からうす)で土を砕き、マキを使う登り窯で焼くという昔ながらの技法で焼き物を創っている
素朴な焼き物の里である。
小鹿田焼の里を散策すると、方々から「ギーゴットン」という唐臼(からうす)の音が聞こえてくる。なんとものどかな焼き物の里である。
なお、駐車場は里の上の方にある小鹿田焼陶芸館にたくさん駐車できます(無料)
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