虹澗橋は文政7年(1824)に架設され大分県指定有形文化財に指定されている石造アーチ橋です。
通称「柳井瀬橋」といい、大野川の支流である三重川に架かっている石橋で、架設当時は最大のアーチ幅でした。
虹澗橋の“澗”は谷川という意味らしく、三重川の渓谷に架かる虹のように華麗な姿から虹澗橋(こうかんきょう)と命名されたようです。
昔この場所は岡城下から臼杵城下にいたる街道では、ここ柳井瀬がもっとも交通の難所で、
人馬はもとより物資の輸送におおきな障害となっていました。
臼杵の甲斐源助、三重町の多田富治、後藤喜十郎は人々の困苦を救済するために
文政3年(1820)臼杵藩に架橋を願い出て許可を得、下ノ江村の名石工井沢織平を選んで
文政4年に着工し4年の歳月をかけ文政7年(1824)に完工したものです。
この橋のおかげで交通はきわめて便利となりましたが、莫大な出費により3人の豪商は家運を傾けたといいます。
以来約170年美しい姿を保ちながら過酷な交通量に耐え昭和63年(1988)
に上流に架けられた新虹澗橋に幹線路としての使命をゆずりました。その後も脇道の橋として使用されていましたが、
橋の下に亀裂が見つかり平成15年に永久に交通禁止になりました。
・形式:1連石造アーチ
・橋長:31.0m
・径間:25.4m
・完成:文政7年(1824年)
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