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佐賀県西松浦郡有田町
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◆◆◆◆◆ 有田焼 ◆◆◆◆◆

 黒髪山の南麓に開けた有田は、1592 年・ 1598 年、豊臣秀吉によって行われた「文禄・慶長の朝鮮出兵(壬申・丁酉の倭乱)」に参加した当時の佐賀藩主・鍋島直茂が なかば強制的に連れ帰った陶工たちによって焼かれた白磁の焼物が始まりです。
連れ帰った朝鮮陶工の中でも焼物の神様として尊ばれ、今でも親しまれているのが有田焼の祖と言われている李参平(リ・サンペイ)です。李参平(リ・サンペイ)の像は有田焼の原料となる陶石の採掘場であった泉山磁石場の 近くにある石場神社の境内にあります。なお、石場神社の境内や近くの黒牟田地区などには朝鮮半島から渡来した陶工やその子孫達により造られた高麗神や高麗墓などもあります。

 
 


 ◆ 窯元の煙突が沢山見える有田皿山内山地区
窯元の煙突が沢山見える有田皿山内山地区


◆ 有田焼の祖と言われる陶工「李参平(リ・サンペイ)公」像
有田焼の祖と言われる陶工「李参平(リ・サンペイ)公」像

 有田の泉山磁石場は李参平(リ・サンペイ)により江戸時代初期の元和2年(1616年)頃に発見されました。李参平(リ・サンペイ)は 初めには鍋島直茂公の佐賀城下で過ごし、後に多久長門守に預けられ領内で築窯しましたが、思い通りの焼物が出来ませんでした。 それから良い陶土を探し求めて佐賀領内を巡り有田西部へたどり着き、そこで何度も試作を繰り返した後に有田東部の泉山磁石鉱を発見し 1616 年日本で初めての『磁器』が誕生しました。
 泉山磁石場はJR上有田駅から15分程度の所にあり17世紀初めから掘り続けられた山の姿は奇観です。ただ、この泉山磁石場は現在は採掘はほとんど行われていません。 現在は大部分を天草の富岡の土を使用しているそうです。

 寛永20年 (1643) ごろに日本初の赤絵磁器を完成させた初代酒井田柿右衛門は「夕日にかがやく柿を見て赤絵を工夫した」という伝説は有名です。 白色の素地に繊細な赤絵との見事な調和はすばらしいもので、世界の模倣の対象となり、技法は国指定の重要無形文化財です。
この「柿右衛門様式」の焼物の白は真っ白ではなく、薄いベージュ色した「米のとぎ汁」色をしているのが特色です。たしかに、真っ白に赤より、こちらの方が品を感じます。


 ◆ 李参平(リ・サンペイ)公の像がある石場神社
李参平(リ・サンペイ)公の像がある石場神社
 ◆ トンバイを使って作られた陶工之碑
トンバイを使って作られた陶工之碑

 ◆ 有田焼の原料となる陶石が400年間堀続けられている泉山磁石場
有田焼の原料となる陶石が400年間堀続けられている泉山磁石場

 ◆ 有田焼の歴史を紹介している有田歴史民俗資料館
有田焼の歴史を紹介している有田歴史民俗資料館
 ◆ 有田焼の中で一番有名な「柿右衛門様式」の焼物
有田焼の中で一番有名な「柿右衛門様式」の焼物(歴史民俗資料館にて)

 ◆ 樹齢約1000年の大イチョウ(国指定天然記念物)
樹齢約1000年の泉山の大イチョウ(国指定天然記念物)
 ◆ 大イチョウのそばにある泉山弁財社
大イチョウのそばにある弁財社
 ◆ 弁財社の裏山のヤマフジ(山藤)がみごと
弁財社の裏山のヤマフジ(山藤)がみごと



● ドンバイ塀

 「ドンバイ塀」は製陶用の登り窯の廃材などを積み上げた塀のことです。ようするに壊した窯の煉瓦を廃物利用して造った塀ですね。 よくよく見ると表面が熱で溶けたような煉瓦があったり、ときたま売れない失敗作の陶磁器なども入れ込んであるそうです(これは見つける事ができなかった)
この「ドンバイ塀」はJR上有田駅から徒歩5分程度の所の上幸平の裏道に何ヶ所かあり「ドンバイ塀通り」と言っています。有田独特の塀であり焼物の里らしい遺物です。

 この「ドンバイ塀通り」は昭和61年に「人と風土が育てた家並みドンバイ塀のある裏通り」として国土交通省大臣表彰 の「手づくり郷土賞」を受賞しています。 上の大銀杏(おおいちょう)あたりから続く「ドンバイ塀通り」は実にいいですね。白壁の古い民家や窯元の煙突、石橋、お地蔵さんなどがあり、少し前の有田の街並みがそのまま残っている感じです。


 ◆ 泉山六地蔵
泉山六地蔵
 ◆ 西光寺と大正8年に架設された石橋(西光寺橋)
西光寺と大正8年に架設された石橋(西光寺橋)

◆ ドンバイ塀とクラシカルな三階建ての家(岩尾磁器工業)
ドンバイ塀とクラシカルな三階建ての家(岩尾磁器工業)
 ◆ ドンバイ塀通りに立つ煙突(岩尾磁器工業)
ドンバイ塀通りに立つ煙突(岩尾磁器工業)
 ◆ 煙突の上の松(岩尾磁器工業)
煙突の上の松(岩尾磁器工業)

 ◆ 登り窯の廃材などを使って作られたドンバイ塀 (宮内庁御用達の窯元として知られる辻精磁社)
登り窯の廃材などを使って作られたドンバイ塀 (宮内庁御用達の窯元として知られる辻精磁社)

 ◆ 江戸時代前期に作られた木造の大きなお地蔵さん
江戸時代前期に作られた木造の大きなお地蔵さん
 ◆ 地蔵堂などのある三空庵広場
地蔵堂などのある三空庵広場
 ◆ 大正時代に造られた石橋(大地堂橋)
大正時代に造られた石橋(大地堂橋)



● 重要伝統的建造物群保存地区

 有田は陶器の産地として有名ですが、古い町並みが良く残されている地区でもあり「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
九州で「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されているのは有田のほかに長崎の東山手南山手飫肥(おび)、 美々津知覧出水八女 などです。
特に上有田に近い皿山地区などに古い建造物が多く残されているようです。
19世紀初めに「有田千軒」とよばれるほど有田は栄えましたが、文政11年(1828年)の大火で大部分が灰になってしまいました。 災禍を免れたのは現在も残る泉山の池田家のほか数軒であったそうです。残った池田家は泉山の大銀杏(いちょう)に隣接した場所にあり、 銀杏(いちょう)の木が火を嫌い風を起こして火を寄せ付けず家を守ってくれたと言い伝えられています。
その後町並みはただちに再興され、今残る皿山地区などの町並みは、この復興後の町並みです。
明治に入り陶磁器の輸出が拡大され、有田は第二の発展期に入り、この時期に建てられた異人館(明治9年建造)なども残されています。


 ◆ 明治9年(1876)に建てられた異人館
明治9年(1876)に建てられた異人館
 ◆ 向かいの深川製磁本店も古い鉄筋コンクリート建築
向かいの深川製磁本店も少し前の鉄筋コンクリート建築

 ◆ 古い町並みが残る有田
古い町並みが残る有田
 ◆ 江戸時代から昭和初期の建築
江戸時代から昭和初期の上質の和風・洋風の建築群が多く残っている
 ◆ 重要伝統的建造物群保存地区
有田は国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている

 ◆ 宮内庁御用達 辻精磁社の店
宮内庁御用達 辻精磁社の店
 ◆ 16:30を過ぎて陶磁美術館は閉まっていた
16:30を過ぎて陶磁美術館は閉まっていた





● 陶山神社(すえやまじんじゃ)

 陶山神社(すえやまじんじゃ)は通称「とうざんじんじゃ」と言われています。
陶山神社は陶祖 李参平(リ・サンペイ)がなどが祀られている神社で建立は1658年といわれています。神社には他では見ることができない、 磁器製の大鳥居や狛犬、大水瓶、欄干など、やきものの町ならではの風情に触れることができます。
また、境内にはいくつもの記念碑や顕彰碑があり、江戸時代の名代官「成松信久碑」を始め、学問の功績者「江越礼太碑」、 有田焼商工の功績者「八代深川栄左衛門碑」、有田焼陶器市の発案者「深川六助碑」など有田焼の先人の威徳を讃えています。
そして、江戸時代の明和9年(1772)建立の芭蕉の句碑(月見塚)もあります。佐賀県下最古の芭蕉塚といわれています。芭蕉は江戸時代から相当な有名人だったんですね。それは知りませんでした。
ちなみに、芭蕉の句碑(月見塚)には、このような句が書いてあります。
 雲折々(くもおりおり)人を休むる 月見かな

 なお、陶山神社から徒歩約10分の場所に「李参平の碑」があります。 泉山の陶石を発見し、国内で初めて磁器を焼いた有田焼の陶祖李参平の記念碑で、毎年5月4日には李参平記念碑の前で陶祖祭が行われます。


 ◆ 陶山神社(すえやまじんじゃ)通称 とうざんじんじゃ
陶山神社(すえやまじんじゃ)通称 とうざんじんじゃ
 ◆ 長い石段の上にある陶山神社
長い石段の上にある陶山神社
 ◆ 江戸時代の明和9年(1772)建立の芭蕉の句碑
江戸時代の明和9年(1772)建立の芭蕉の句碑

 ◆ 磁器の鳥居 (明治21年 (1888) 稗古場町奉納)
日本一の磁器の鳥居 (明治21年 (1888) 稗古場(ひよこば)町奉納)
 ◆ 狛犬も磁器 (明治20年に赤絵町今右衛門奉納)
狛犬も磁器でできている (明治20年(1887)に赤絵町今右衛門奉納)

 ◆ 陶山神社の社殿
陶山神社の社殿
 ◆ 陶山神社の隣にある境内社・八天狗社
陶山神社の隣にある境内社・八天狗社

 ◆ 陶山神社の本殿
陶山神社の本殿
 ◆ 本殿の手すり(欄干)も磁器
本殿の手すり(欄干)も磁器(弘化 3 年 (1846 年) 9 月幸平奉納)
 ◆ 本殿の奥にある稲荷大社
本殿の奥にある稲荷大社



● 桂雲寺と法元寺

●桂雲寺(けいうんじ)
 有田の幸平にある桂雲寺(けいうんじ)は臨済宗の寺で山門の前に仁王像が建っています。
桂雲寺には 「御手(みて)の観音」 と呼ばれる手の先だけの観音さまが祀られています。 大晦日に燈を二つ御供えして、一つを持ち帰り手に塗るとロクロや絵描きの技が上達するという言い伝えがあり、 今も参拝する職人さんが絶えないそうです。
また、この寺境内で第一回の「九州山口陶磁展」が明治29年(1896年)に開催されました。 最初の陶磁器品評会が開かれた場所なので「有田陶器市」の発祥の地と云われています。

●法元寺(ほうげんじ)
有田赤絵町にある法元寺(ほうげんじ)は日蓮宗の寺で門前に 「陶器祈願所」 と刻まれた自然石の石碑が建っています。
これはこの寺が元文元年(1736)に佐賀藩から 「山中繁昌・諸災転除」 の勤行(ごんぎょう)を命じられて陶器祈願所となったことから建てられたものと思われます。
明治時代まで皿山中の窯元は何宗を問わず本窯火入れ毎に法元寺の祈祷符を請けて竹の端に挟み色見穴の辺に建て、 登り窯の上方には 「山の神」 や 「稲荷神社」 を祀って、窯焼きは火入れのたびにこれらの神に供物を供えたりしました。 現在のように温度計もない時代には、陶磁器の最終段階の焼き上がりの無事を神仏に祈り、経験と勘で火入れの時間や強弱を行っていました。


 ◆ 山門の前に仁王像が建つ桂雲寺(けいうんじ)
山門の前に仁王像が建つ桂雲寺(けいうんじ)…明治29年(1896)に最初の陶磁器品評会が開かれた有田焼陶器市の発祥の地
 ◆ 「陶器祈願所」であった法元寺(ほうげんじ)
「陶器祈願所」であった法元寺(ほうげんじ)



● 有田ダム

 有田ダムは「秘色の湖(ひそくのうみ)」と呼ばれた湖面の美しいダム。周囲の山々にはたくさんの樹木が、四季おりおりに湖面を華麗に彩ります。 その景色の守り神のように立っているのが彫刻家古賀忠雄制作の乙女のブロンズ像で、そばに戦後日本詩壇の旗手といわれた山本太郎の詩碑があります。 周囲の遊歩道をたどると四季折々の自然を満喫でき、春の桜や秋の紅葉の美しさは格別です。(有田町のHPより引用)


 ◆ 「秘色の湖」と呼ばれた湖面の美しい有田ダム
「秘色の湖(ひそくのうみ)」と呼ばれた湖面の美しい有田ダム
 ◆ 湖畔に立つ彫刻家古賀忠雄制作の乙女のブロンズ像
湖畔に立つ彫刻家古賀忠雄制作の乙女のブロンズ像
 ◆ 戦後日本詩壇の旗手といわれた山本太郎の詩碑
戦後日本詩壇の旗手といわれた山本太郎の詩碑




 ◆ JR有田駅
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JR上有田駅
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  ■有田町企画商工課  0955-43-2101
  ■有田商工会議所   0955-42-4111
  ■有田駅観光案内所  0955-42-4052

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企画・制作 (株)システム工房 ・ 最終更新日 2010年 5月20日
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