佐多旧薬園がいつの頃に造られたのかは定かでありませんが、古文書に1687年に中国原産の
常緑樹龍眼(リュウガン)が献上され、佐多伊座敷村に植えたと記載がありますので、17世紀頃に造られたと考えられています。
その後琉球経由で輸入した南方の植物を中心に植えられ、園内にはリュウガンの他に
レイシ、アカテツ、オオバゴムノキなどの多くの熱帯植物が植えられました。
これらは島津氏第25代当主(薩摩藩の第8代藩主)島津重豪(しまづ しげひで)が薬園の経営に勤めました。
この島津重豪(しまづ しげひで)はローマ字を書き、オランダ語を話すこともでき、
シーボルトと会見し、当時の西洋の情況を聞いたりしました。とても進歩的な人だったようです。
この薬園も名前の通り南洋や東シナ方面から主に薬草を輸入し、幕末まで医学の研究が試みられたものです。
実は薩摩藩には、ここ以外にも、最初にできた「山川薬園」、鹿児島城に近い「吉野薬園」があり、
これらの3か所の薬園を「三薬園」と呼んでいました。
そして明治維新になり廃藩置県となって、これらの薬園は廃止されたのです。
その後、「山川薬園」、「吉野薬園」は当時の面影も無く、植えてあった植物も無くなっていますが、
この佐多薬園は藩政当時の植物がそのまま残っており、貴重な場所として昭和7年(1932年)10月9日に国の史跡となりました。
■ 入園無料
■ 駐車場なし…交差点の所の少し広い歩道に止められるが自己責任でお願いします。
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